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「最後のセーフティーネット」としての刑務所

 本日の日本海新聞の記事で、鳥取県内の犯罪認知件数が減少しており戦後最少ペースであるとの報道がなされていましたね。

 日々のマスメディアの報道などを見ていると日本の治安は、昔よりも非常に悪化しているとの印象を持たれている方が多いと思いますので、この記事を読んで不思議に思われた方もいらっしゃるでしょう。

 しかし、犯罪白書等の客観的データを見ると、日本全体の犯罪の認知件数・検挙件数はともに10年前と比較して半減しており、日本の治安はトータルで見るとむしろ良くなっていることが分かります。

 特に殺人や強盗などの粗暴犯・凶悪犯罪の件数は急激に減っています。 少子高齢化によりこういった犯罪を起こす青少年層(10代後半から30代)が減少していることからはこの傾向はむしろ必然であり、少子高齢化の進行に伴い凶悪犯罪の減少傾向は今後も続くと思われます。

 具体的な数字で分析すると、日本において殺人事件で亡くなる人の数は年間300人程度にとどまります。他方で、自殺で亡くなる人の数は、年間約3万人にも上ります。日本は、世界で一番他人に殺される危険が低い国であり、世界で一番自分で自分を殺す危険が高い国であるといえます。

(ちなみに、我々が日本の治安が悪化しているように感じるのは、最近動機や行動が非常に不合理・異常な犯罪が少数ながらコンスタントに発生しており、これらをマスメディアがセンセーショナルに報道するからではないかと感じています。)

 凶悪犯罪が減少する一方で、60代・70代の高齢者の窃盗事件(特に万引き)だけは増えており、窃盗を繰り返して懲役刑に服する高齢受刑者が増加しています。このような傾向が見られるのも日本だけです。また、新規受刑者の20パーセント以上が、IQ80~50以下の軽度・中度知的障害であることも分かっています(刑務所では入所時に作業分類のための知能検査を実施しており、知的能力に関する統計を取っています)。

 社会に居場所のない高齢者・障害者が生きるためにやむを得ず、犯罪を犯しているのが上記窃盗事件の増加傾向の大きな原因であると考えます。

 その結果、現在の日本の刑務所は、高齢者・障害者の福祉施設の如き様相を呈しているというのが現実です。

 私も弁護士として刑務所を視察に行ったり、受刑者から相談を受けたりすることが多々ありますが、刑務所というと血気盛んな若い荒くれ者で溢れているのかと思いきや、高齢のおじいちゃん受刑者や知的能力に問題がある方がとても多いのを実感します。受刑者からの相談内容も、健康・医療に関する問題(特に刑務所が必要な薬を出してくれないという相談)が圧倒的に多かったりします。

 日本の福祉政策の脆弱さゆえに、本来福祉施設がカバーすべき方々を刑務所が受け止めている部分が少なからず存在すると感じています。幸か不幸か、刑務所が「最後のセーフティーネット」として機能しているともいえるでしょう。

 近時の刑法改正はとかく厳罰化の傾向にありますが、単に刑罰を厳罰化するだけではなく適切な福祉政策についても平行して実施していなければ、刑務所の福祉施設化を推し進めるだけに終わってしまうかもしれません。

 刑事弁護に携わる弁護士としても、このような被疑者・被告人の方については単に判決を得て終わりとするのではなく、福祉機関等とも連携してこれらの方々が社会に出てから自分らしく生きていける環境を整える弁護活動を心がけていかなけばなりません。弁護士が現実に利用できる限られた社会資源と時間・資金の中では非常に難しいことではありますが・・・。

最後にリストの名言を「最良の刑事政策とは最良の社会政策である。」

(=救貧を始めとした社会環境の改善が犯罪を抑止するのに最も有効である)

少々とりとめのない記事となってしまいました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

平成28年9月2日 日本海新聞より引用

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